カセレスのギターはオリジナルのラベルとデザインによるものと、アルカンヘル工房品として「Para casa Arcangel Fernandez」のラベルを貼って出荷されているものとがあり、後者は基本的にアルカンヘルの監修による仕様に準拠していますが、オリジナルラベルによるモデルは内部構造からヘッドシェイプ、細部の仕様からラベルデザインに至るまでいくつかのタイプがあり、音色の傾向もそれぞれ異なり、個性的なものになっています。
本作はまさにそのブーシェ本人の作風に意識的に取り組んだものでModelo B と名付けられています。のちにModelo E(ブーシェレプリカ)として流通するものとはまた若干趣を異にし、柔らかく重厚な深みが際立った響きがやはり素晴らしく、グラナダサウンドの代名詞的な音色と言えるでしょう。2019年製Usedの本作は丁寧に弾き込まれており、レスポンスの極めて俊敏で明るいアンダルシア的な発音、そこに現代的なニュアンスを感じさせる洗練が施されて艶やかな音像として現出しており、唯一無二の表情が聴かれます。十全にボディが鳴りながらも雑味のない音響、比類のない音圧の高さ、各音のバランスとパースペクティブ感なども実に見事。
ブランドは1991年より息子のリアムが共同作業に正式に加わり、ラベルもJose Luis Romanillos&Son に変更、現在に至っています。今年2020年には、彼の講習会のアシスタントを務めていたJosep Melo氏によりロマニリョス1993年以降の製作史を総括する大著「Romanillos Guitarras The Guijosa Period 1993~2015」が上梓され、現役最大の巨匠としていままた世界的に更なる評価の高まりを見せています。
[製作家情報] ブライアン・コーエン Brian Cohen 南アフリカ共和国出身で現在はイングランド、サリー州のギルフォードに工房を構える楽器製作家で、古楽器から現代までの弦楽器全般とクラシックギターを製作しています。南アフリカ時代の1972年から独学でギター製作と修理を始め、同地を演奏旅行で訪れたSergio と Eduardo の Abreu 兄弟(日本では通例「アブリュー」と記されていますが「アブレウ」のほうが正しいとされており、英語圏でも「アブレイユ」と発音されることがほとんど)が使用したデビッド・ホセ・ルビオ(1934~2000)のギター修理を手がけたことを機に、製作家として身を立てることを決意、1974年にルビオの工房があるイギリスへと渡ります。当時まだ未熟だった彼はルビオ工房の職人にはなれなかったものの、ルビオはこの若い製作家のためにアドバイスを与え、やがて一流の職人となった彼は自身の製作と平行してルビオ工房品の作業も行っています(特にルビオが亡くなるまでの10年間はほとんどの受注品を彼が組み立てていたとのこと)。
彼がイギリスに渡った1970年代はクラシック音楽界で古楽器ブームが始まっており、そうしたムーヴメントに対応するかのように弦楽器製作においてもピリオド楽器の需要が高まりを見せてゆきます。1976年にリュート奏者のアンソニー・ルーリーがロンドンに設立したその名もEarly Music Cetre の工房をリサーチや製作のためにシェアするという環境に恵まれ、ここで3年間、彼は数多くのルネッサンス時代からの撥弦楽器を直に研究、修復し、そして自身のモデル製作に活かしています。彼はまた弦楽器属の研究と製作にもただならぬ情熱を傾けており、特にチェロでは1986年にCrafts Council Awardを受賞、1990年にはManchester International Cello Festival で銀賞を獲得するなど高い評価を得ています。またクラシックギターにおいても1989年にパリ ギター製作コンクールで2位となり、しっかりと地歩を固めてゆきます。
おそらくボディはセラックでの再塗装が施されており、年代考慮すると綺麗な状態。糸巻きはロジャース製を装着。ネックはやや薄めに加工されたDシェイプで反りはなく、フレット状態も良好で演奏性には問題ございません。ラベルには小さくAlmunus David J.Rubio とプリントされており、当時まだルビオ工房出身としてのアイデンティティを明確に打ち出していたことがうかがえます。このころから非常に良質な材を選定して使用しており、外観の気品も特筆すべき1本。