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製作家/商品名 ロベール・ブーシェ Robert Bouchet演奏動画あり
モデル/品番 Model/No. No.103
001_000_bouchet_03_164
弦長 Scale Length 650mm
国 Country フランス France
製作年 Year 1964年
表板 Top 松 Solid Spruce
横裏板 Back & Sides 中南米ローズウッド Solid South American Rosewood
付属品 Option ハードケース付属
備考 Notes
ネック:マホガニー
指 板:エボニー
塗 装:セラック
糸 巻:バンゲント
ナット:象牙
サドル:牛骨
弦 高:1弦 3.5mm/6弦 4.0mm

[製作家情報〕
ロベール・ブーシェ(1898~1986、フランス) 20世紀フランス最大の巨匠であり、現在に至るまでヨーロッパのみならずあらゆるクラシックギター製作に影響を与え続けているまさしく不世出の名工です。その比類なき芸術性と生涯わずか154本のみの製作という稀少性とから、彼の全モデルは現在トーレス、ハウザー1世に次いで最も高値で取引されています。プレスティ/ラゴヤの音響世界の源となり、若き日のブリームを熱狂させ、晩年には国内屈指の美音の持ち主である故稲垣稔氏を魅了したマエストロはまた、フレドリッシュやアントニオ・マリンなどの現代の名工たちの創造的源泉にもなってきました。

1889年フランス、パリの洋装店を営む家に生まれ、幼少より絵画と音楽に親しみ、1919年にまずは画家としての人生を歩み始めます。1932年モンマルトルの丘にアトリエを構え、ここではギターはまだ趣味で演奏をたしなむ程度のものでしたが、近くにスペインから亡命し工房を開いていたフリアン・ゴメス・ラミレスの知遇を得て、初めてギター製作の現場を目の当たりにします。そして1946年に所有していたフリアン作の愛器を失った彼は、それまでつぶさに観察していたフリアンの工房での全工程の記憶を基に、自ら工具や治具を作るところから始め、ついに自らの為のギターを製作します。糸巻の彫刻に至るまで自らの手で細工して完成したギターはその後大変な評判となり、前述の名手たち以外にも次々と注文が入るようになります。

ギターファンには良く知られているように、彼の作風は大きく年代的に2つに分けることができ、最初の1940年代から1950年代半ばにかけてはアントニオ・デ・トーレスを規範としたものとなっていますが、1956年以降は独自の構造を発案し、「パイプオルガンのような」と評されるほどのしっかりとした基音と非常な奥行きを感じさせるきわめて個性的な音響を達成します。

[楽器情報〕
ロベール・ブーシェ製作、1964年製 No.103 ジュリアン・ブリームが購入した4本のブーシェのなかで最後の一本で、名盤「バロックギター」で使用したモデルです。この稀代の名手が愛用したというエピソードを抜きにしても、ブーシェ最盛期の一本として非常なクオリティと芸術性を有した至高の一本と言えるまさに名品です。内部構造は左右対称5本の扇状力木と駒板真下の位置にギターの横幅いっぱいに設置されたいわゆるトランスヴァースバーというブーシェオリジナル配置で、5本の扇状力木はトランスヴァースバーを貫くようにしてボトム部まで伸びています。またサウンドホール下のハーモニックバーは高音側と低音側に開口部が設けられ、一番外側の扇状力木はそこをくぐってサウンドホール近くまで伸びるような配置になっています。レゾナンスはG#~Aに設定されています。

ブリームが生涯に使用したギターは数多く、そのどれもが彼の名演とともにギターファンの記憶にいまも深く刻まれていますが、取り分けロマニリョス、ハウザー、ルビオと並び印象深いのがブーシェとの組み合わせでしょう。1951年にブリームはブーシェの工房を訪れており、同時期に耳にしたイダ・プレスティの演奏に非常な感銘を受けた彼は、ハウザーのあとに使用するギターとしてブーシェを選びます。1957年、1960年、1962年そして1964年製の計4本(一説には5本)のギターをブーシェより購入。彼がアメリカに演奏旅行中、ニューヨークの車中で持参していたブーシェギターが盗難にあい、いまだに見つかっていませんが、これは1962年製のものであるとブリーム自身がインタビューで語っています。そしてそのあとに購入したのが本作1964年製のNo.103となります(ボディ内部の裏板のバーにブーシェ本人のサインがあります)。
ブリームは特にブーシェギター高音の「refinement」に深く魅了されたと語っていますが、そのまるでオーケストラの弦の響きのように密度があり、良く歌う高音部はまさしくブーシェだけの至芸でしょう。低音部もまた実に重厚で深く、そしてニュアンスに満ちており、深度があり同時に明確な発音もやはり素晴らしい。かなりの熟練したタッチが要求されるギターですが、それもまた名品ゆえにこそ。リアルヴィンテージの最高峰と呼ぶにふさわしい究極の一本です。

表面板全体にスクラッチ痕が有りますが割れ等の修理履歴は無く、年代相応の状態。ネック、フレット、ナット、サドル等の演奏性に関わる部分も問題ありません。糸巻きはおそらくオリジナルが故障したのか、過去にヴァンゲント製に交換されています(オリジナルは残っておりません)。塗装はオリジナルのセラック仕様、ところどころに通常使用により生じた色むら等ありますが、特にダメージの強い部分はなく現状問題ございません。






品切れ 定価(税込) : 時価 販売価格(税込) :  お問い合わせ下さい。

製作家/商品名 マヌエル・カセレス Manuel Caceres演奏動画あり
モデル/品番 Model/No. パラ・カサ・アルカンヘル
001_003_caceres_1_01_183
弦長 Scale Length 650mm
国 Country スペイン Spain
製作年 Year 1983年
表板 Top 松 Solid Spruce
横裏板 Back & Sides インディアンローズウッド Solid Indian Rosewood
付属品 Option ハードケース
備考 Notes
ネック:セドロ
指 板:エボニー
塗 装:表板 ポリウレタン
   :横裏板 ポリウレタン
糸 巻:フステーロ
弦 高:1弦 3.0mm
   :6弦 4.0mm

〔製作家情報〕
1947年スペインのバダホス県生まれ。13才の時からラミレス工房にて仕事を始め、一時家族の都合でドイツに移住。
帰国後に再びラミレス工房に戻り、1964年からは製作を任される様になりました。当時の彼の楽器は今でもMCスタンプのラミレスとして高い評価を得ています。
1978年には名工アルカンヘル・フェルナンデスのアドバイスを得て独立し、自らの工房をマドリッドに設立。
多くの有名ギタリストが使用する楽器として名声を高めメキシコ、キューバ、プエルトリコ等では製作マスターコースを行い後進の指導にも力を入れています。
その後1999年より13年間に渡りアルカンヘルの仕事を手伝い、その影響化、徐々に独自の作風を確立して行きました。現在はアルカンヘルの引退に伴い、唯一の後継者として製作に励んでいます。

[楽器情報]
本作はラミレス工房での充実した仕事のあと独立してから間もない時期のもの。若き日の作ながら、ここにはすでにマドリッドのギターの良き特徴が無理なく、非常に高いレベルで達成されており、しかもとても弾きやすく設定されている、何とも素晴らしいギターになっています。
表面板を中心に傷、擦れなどありますが、オリジナル塗装の状態です。ネック反りなく弦高弾きやすく調整されています。明るく明確な伸びの良い音質です。




定価(税込) : 時価 販売価格(税込) :  550,000 円
注文数 :   

製作家/商品名 エルナンデス・イ・アグアド Hernandez y Aguado
モデル/品番 Model/No. No.224
001_018_hernanagua_03_162
弦長 Scale Length 655mm
国 Country スペイン Spain
製作年 Year 1962年
表板 Top 松 Solid Spruce
横裏板 Back & Sides 中南米ローズウッド Solid South American Rosewood
付属品 Option 軽量ケース
備考 Notes
ネック:セドロ
指 板:エボニー
塗 装:表板 セラック
   :横裏板 セラック
糸 巻:ロジャース
弦 高:1弦 3.1mm
   :6弦 4.1mm

[製作家情報]
「エルナンデス・イ・アグアド」
サンチャゴ・マヌエル・エルナンデス(1895~1975)、ビクトリアーノ・アグアド・ロドリゲス(1897~1972)の二人による共同ブランドで、エルナンデスが本体の製作、アグアドが塗装とヘッドの細工そして全体の監修をそれぞれ担当。通称「アグアド」と呼ばれ、20世紀後半以降の数多くのクラシックギターブランドの中でも屈指の名品とされています。

エルナンデスはスペイン、トレド近郊の村Valmojadoに生まれ、8歳の時に一家でマドリッドに移住。アグアドはマドリッド生まれ。2人はマドリッドにある「Corredera」というピアノ工房で一緒に働き、良き友人の間柄であったといいます。この工房でエルナンデスは14歳のころから徒弟として働き、その優れた技術と情熱的な仕事ぶりからすぐに主要な工程を任されることになります。アグアドもまたこの工房で腕の良い塗装職人としてその仕上げを任されていたので、二人での製作スタイルのひな形がこの時すでに出来上がっていたと言えます。1941年にこのピアノ工房が閉鎖された後、2人は共同でマドリッドのリベラ・デ・クルティドーレス9番地にピアノと家具の修理工房を開きます。

1945年、プライベート用に製作した2本のギターについて、作曲家であり当時随一の名ギタリストであったレヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサに助言を仰ぐ機会を得ます。この名手は二人の才能を高く評価し、ギター製作を勧めるとともに自身が所有していたサントス・エルナンデスのギターを研究のために貸し与えています。さらにはサントスと同じくマヌエル・ラミレス工房出身の製作家で、終戦直後の当時貧窮の中にあったモデスト・ボレゲーロ(1893~1969)に仕事のためのスペースを工房内に貸し与えることになり、そのギター製作の工程をつぶさに観察。これが決定的となり、ギターへの情熱がさらに高まった二人は工房をギター製作に一本化することに決め、1950年より再発進します。デ・ラ・マーサという稀代の名手とマヌエル・ラミレスのメソッドを深く知るボレゲーロ(彼は1952年までアグアドの工房を間借りして製作を続けた後に独立しています)という素晴らしい二人の助言をもとに改良、発展を遂げて世に出されたアグアドのギターは大変な評判となり、一時期70人以上ものウェイティングリストを抱えるほどの人気ブランドになりました。

出荷第一号はNo.100(※1945年に製作した個人用のギターがNo.1)で、1974年の最後の一本となるNo.454まで連続番号が付与されました。1970年前後に出荷されたものの中には同じマドリッドの製作家マルセリーノ・ロペス・ニエト(1931~2018)や、やはりボレゲーロの薫陶を受けたビセンテ・カマチョ(1928~2013)が製作したものも含まれており、これは殺到する注文に応えるため、エルナンデスが当時高く評価していた2人を任命したと伝えられています。

しばしば美しい女性に喩えられる優美なボディライン、シンプルで個性的かつこの上ない威厳を備えたヘッドデザインなどの外観的な特徴もさることながら、やはりこのブランドの最大の特徴はその音色の絶対的ともいえる魅力にあると言えるでしょう。人間の声のような肌理をもち、表情豊かで温かく、時にまるで打楽器のような瞬発性とマッシヴな迫力で湧き出してくる響きと音色は比類がなく、二人だけが持つある種の天才性さえ感じさせます。

このブランドの有名な逸話にも登場するエルナンデスの愛娘のエミリアは1945年にヘスス・ベレサール・ガルシア(1920~1986)と結婚。ベレサールはアグアドの正統的な後継者として、その精神的な面までも受け継ぎ、名品を世に出す存在になります。

アグアドがギター製作を始めるうえでの大きなきっかけとなったデ・ラ・マーサはその後彼らのギターを数本購入し愛用しているほか、ジョン・ウィリアムスやユパンキなどの名手たちが使用しています。


[楽器情報]
エルナンデス・イ・アグアド 1962年製 No.224 ヴィンテージの入荷です。
この名ブランドの、さほどに長くはない歴史の中でもとりわけ人気と評価の高い1960年代初期の作。柾目のブラジリアン・ローズウッドを横裏板として使用し、おなじみのヘッドデザインにアグアドらしい優美さをたたえたボディ、柔らかな気品が漂う見事な一本。

力強く、アグアド独特の包容力ある響き、ジェントルで耳に心地よい独特の肌理をもった音色が素晴らしい。また人間的と言いたくなるほどによく歌い、変化する表情の繊細さも名品ならでは。心の動きとシンクロしながら、同時に楽器のほうからも奏者に対して働きかけをしてくるような真に音楽的な瞬間は他では得られない感覚でしょう。しかしながら同時に(名器の常として)、奏者には然るべきタッチの熟練が求められますが、それが一致した瞬間の充実感はやはり格別なものがあります。

内部構造について、年代的な傾向はありますが、アグアドはほぼ個体ごとに力木配置を変えていました。本作ではサウンドホール上下(ネック側とブリッジ側)に1本ずつのハーモニックバー、ボディ下部は左右対称7本の扇状力木とその先端をボトム部で受け止めるようにハの字型に配された2本のクロージングバー、そしてブリッジの位置には駒板とほぼ同じ大きさのパッチ板が貼られ、扇状力木はその上を通過しています。レゾナンスはGの少し上に設定。

表面板の指板脇、サウンドホール周りを中心に弾き傷など、またブリッジ下部分は弦飛びの痕があります。裏板は演奏時に胸のあたる部分の塗装に摩耗が若干見られ、またネック裏の1~2フレット付近にも塗装の摩耗が生じていますが割れ補修等の大きな修理履歴はなく、60年を経た楽器としてはかなり良好な状態と言えるでしょう。ネックは真っすぐを維持しており、フレットは1~7フレットでやや摩耗していますが現状で演奏性には問題のないレベル。比較的薄めに加工されたDシェイプのネック、弦はやや強めの張り。糸巻はオリジナルのフステロ製を装着しており、現状で機能的な問題はありません。サウンドホールラベル、表面板サウンドホール高音側にサインあり。

丁寧に弾き込まれており、レスポンスにはまだ硬い部分もあり、まだまだ鳴らしていけるポテンシャルを有した一本となっています。スペイン屈指の名ブランドの、状態そして音ともに良質なUsedです。 


新入荷 定価(税込) : 時価 販売価格(税込) :  6,600,000 円
注文数 :   

製作家/商品名 エルナンデス・イ・アグアド Hernandez y Aguado
モデル/品番 Model/No. No.304
001_018_hernanagua_03_165
弦長 Scale Length 660mm
国 Country スペイン Spain
製作年 Year 1965年
表板 Top 松 Solid Spruce
横裏板 Back & Sides 中南米ローズウッド Solid South American Rosewood
付属品 Option ハードケース
備考 Notes
ネック:セドロ
指 板:エボニー
塗 装:表板 セラック
   :横裏板 セラック
糸 巻:フステーロ
弦 高:1弦 3.0mm
   :6弦 4.5mm

[製作家情報]
「エルナンデス・イ・アグアド」Hernandez y Aguado
サンチャゴ・マヌエル・エルナンデス(1895~1975)と ビクトリアーノ・アグアド・ロドリゲス(1897~1972)の二人による共同ブランドで、エルナンデスが本体の製作、アグアドが塗装とヘッドの細工そして全体の監修をそれぞれ担当。通称「アグアド」と呼ばれ、20世紀後半以降の数多くのクラシックギターブランドの中でも屈指の名品とされています。

エルナンデスはスペイン、トレド近郊の村Valmojadoに生まれ、8歳の時に一家でマドリッドに移住。アグアドはマドリッド生まれ。2人はマドリッドにある「Corredera」というピアノ工房で一緒に働き、良き友人の間柄であったといいます。この工房でエルナンデスは14歳のころから徒弟として働き、その優れた技術と情熱的な仕事ぶりからすぐに主要な工程を任されることになります。アグアドもまたこの工房で腕の良い塗装職人としてその仕上げを任されていたので、二人での製作スタイルのひな形がこの時すでに出来上がっていたと言えます。1941年にこのピアノ工房が閉鎖された後、2人は共同でマドリッドのリベラ・デ・クルティドーレス9番地にピアノと家具の修理工房を開きます。

1945年、プライベート用に製作した2本のギターについて、作曲家であり当時随一の名ギタリストであったレヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサに助言を仰ぐ機会を得ます。この名手は二人の才能を高く評価し、ギター製作を勧めるとともに自身が所有していたサントス・エルナンデスのギターを研究のために貸し与えています。さらにはサントスと同じくマヌエル・ラミレス工房出身の製作家で、終戦直後の当時貧窮の中にあったモデスト・ボレゲーロ(1893~1969)に仕事のためのスペースを工房内に貸し与えることになり、そのギター製作の工程をつぶさに観察。これが決定的となり、ギターへの情熱がさらに高まった二人は工房をギター製作に一本化することに決め、1950年より再発進します。デ・ラ・マーサという稀代の名手とマヌエル・ラミレスのメソッドを深く知るボレゲーロ(彼は1952年までアグアドの工房を間借りして製作を続けた後に独立しています)という素晴らしい二人の助言をもとに改良、発展を遂げて世に出されたアグアドのギターは大変な評判となり、一時期70人以上ものウェイティングリストを抱えるほどの人気ブランドになりました。

出荷第一号はNo.100(※1945年に製作した個人用のギターがNo.1)で、1974年の最後の一本となるNo.454まで連続番号が付与されました。1970年前後に出荷されたものの中には同じマドリッドの製作家マルセリーノ・ロペス・ニエト(1931~2018)や、やはりボレゲーロの薫陶を受けたビセンテ・カマチョ(1928~2013)が製作したものも含まれており、これは殺到する注文に応えるため、エルナンデスが当時高く評価していた2人を任命したと伝えられています。

しばしば美しい女性に喩えられる優美なボディライン、シンプルで個性的かつこの上ない威厳を備えたヘッドデザインなどの外観的な特徴もさることながら、やはりこのブランドの最大の特徴はその音色の絶対的ともいえる魅力にあると言えるでしょう。人間の声のような肌理をもち、表情豊かで温かく、時にまるで打楽器のような瞬発性とマッシヴな迫力で湧き出してくる響きと音色は比類がなく、二人だけが持つある種の天才性さえ感じさせます。

このブランドの有名な逸話にも登場するエルナンデスの愛娘のエミリアは1945年にヘスス・ベレサール・ガルシア(1920~1986)と結婚。ベレサールはアグアドの正統的な後継者として、その精神的な面までも受け継ぎ、名品を世に出す存在になります。

アグアドがギター製作を始めるうえでの大きなきっかけとなったデ・ラ・マーサはその後彼らのギターを数本購入し愛用しているほか、ジョン・ウィリアムスやユパンキなどの名手たちが使用しています。

[楽器情報]
エルナンデス・イ・アグアド 1965年製 No.304 の入荷です。ブランドの最盛期、ギターという楽器の表現力における異様なまでのポテンシャルの高さを体感できる一本です。増え続けるバックオーダーへの対応策として、また特に1960年代後期からは病身であったビクトリアーノの「代理」として複数の製作家が起用されたことから、二人の真の共作であることがギターファンの間ではとかく価値基準とされてしまう向きがあり、ここであの駒板の補強プレートに描かれたてるてる坊主のような図像の有無が取り沙汰されてしまうのですが、本作にはまさしくその図像が描かれています。

‘Making Master Guitar’の著者ロイ・コートナルが喝破したようにアグアドの魅力(の一つ)は「強烈な個性を演奏家に押しつけないこと」であり、美しく調和したギターはただただ「生命を与えられるまで演奏家の技能や解釈を待っている」。そして敢えて付言すれば、アグアドの最大の特徴はその「歌う声」としての音の全き実在性にあると言えます。点の連なりとしてしか音を繋げてゆくことのできないギターが、アグアドにおいては有機的な線を生み出し、まさに生き物のように繊細でダイナミックな表情の揺らぎが現れてくるのは感動的ですらあるでしょう。この時、コートナルが言うように、あくまでも楽器が持つ個性ではなく、奏者の心に寄り添うように音が表出されるところ、そして曲の演奏が進むにつれてまるで楽器のほうから自然に音楽を提案してくるような一体感(今風に言えばグルーヴ感とも言うことのできる)が生まれてくるのは、まさしくアグアドならでは。これもまたよく言われるように各音各弦の相互の均質性ということではかなりのアンバランスさが随所で目立つものの、むしろ表情の生々しい揺らぎの中に収まることで音楽の細部に貢献さえしてしまうところは、楽器の不完全性と音楽の原理とが偶然に親和してしまったかのようなスリルさえ感じさせます。「個性を押しつけることはない」もののアグアドには他にはない唯一無二の音色があり、それはクラシカルな翳を内包した慎ましい明るさなのですが、揺るぎない力強さとともに現れるこれらの音もやはり魅力的。

アグアドはまた機能的にも優れており、撥弦における適度な反発感と粘りのある発音、そして自然にドライブ感を生み出すような絶妙な反応性があり、奏者のタッチにしっかりと寄り添います。そしてまさにこれゆえにこそ奏者にはしかるべきタッチの熟練が求められるのですが、一致した瞬間の音楽的な充実感はなんとも素晴らしく、このブランドが現代においても名品とされる所以でしょう。

表面板力木配置に関してアグアドはいくつもの設計パターンを持っていますが、本器ではサウンドホール上下(ネック側とブリッジ側)に1本ずつのハーモニックバー、そして下側の方のバーのほぼ中央部分(つまりサウンドホールの真下の位置)から高音側横板に向かって斜めに下がってゆくように配置されたもう一本のいわゆるトレブルバー、7本の扇状力木とこれらの先端をボトム付近で受け止めるようにハの字型に配置された2本のクロージングバー、駒板の位置にはほぼ同じ面積の薄い補強プレート(「落書き」と製造番号がここに書かれています)が貼られているという全体の構造。上記のトレブルバーの設置はこの後も継続してゆきますが、扇状力木は後年6本(センターに配置された1本を境として高音側に2本、低音側に3本)に変わり定着してゆきます。レゾナンスはG#の少し下に設定されています。

おそらくボディ全体はオリジナルの塗装を残したまま上塗りがされていますが、オリジナルの触感を十分に感じさせるほどに最小限の処置が施されています。現状で傷は少なく、ほとんど衣服等により軽微な摩擦あとのみの良好な状態。割れなどの大きな修理履歴はありません。ネック、フレットなど演奏性に関わる部分も良好な状態を維持しています。ネック形状は薄めでフラットなDシェイプでコンパクトな握り心地。弦高は現在値で3.0/4.5mm(1弦/6弦 12フレット)でサドルには1.5~2.5mmの余剰がありますのでお好みに応じてさらに低く設定することが可能です。660mmの弦長ですが弦の張りは中庸でネックの差し込み角度も深くなく、弦高値の割には弾きやすく感じます。糸巻はスペインの老舗Fustero製を装着しておりこちらも現状で機能的な問題は特にありません。


商談中 定価(税込) : 時価 販売価格(税込) :  お問い合わせ下さい。

製作家/商品名 エルナンデス・イ・アグアド Hernandez y Aguado
モデル/品番 Model/No. No.343
001_018_hernanagua_03_167
弦長 Scale Length 660mm
国 Country スペイン Spain
製作年 Year 1967年
表板 Top 松 Solid Spruce
横裏板 Back & Sides 中南米ローズウッド Solid South American Rosewood
付属品 Option ライトケース
備考 Notes
ネック:セドロ
指 板:エボニー
塗 装:表板 セラック
   :横裏板 セラック
糸 巻:フステーロ
弦 高:1弦 3.0mm
   :6弦 4.0mm

[製作家情報]
「エルナンデス・イ・アグアド」Hernandez y Aguado
サンチャゴ・マヌエル・エルナンデス(1895~1975)と ビクトリアーノ・アグアド・ロドリゲス(1897~1972)の二人による共同ブランドで、エルナンデスが本体の製作、アグアドが塗装とヘッドの細工そして全体の監修をそれぞれ担当。通称「アグアド」と呼ばれ、20世紀後半以降の数多くのクラシックギターブランドの中でも屈指の名品とされています。

エルナンデスはスペイン、トレド近郊の村Valmojadoに生まれ、8歳の時に一家でマドリッドに移住。アグアドはマドリッド生まれ。2人はマドリッドにある「Corredera」というピアノ工房で一緒に働き、良き友人の間柄であったといいます。この工房でエルナンデスは14歳のころから徒弟として働き、その優れた技術と情熱的な仕事ぶりからすぐに主要な工程を任されることになります。アグアドもまたこの工房で腕の良い塗装職人としてその仕上げを任されていたので、二人での製作スタイルのひな形がこの時すでに出来上がっていたと言えます。1941年にこのピアノ工房が閉鎖された後、2人は共同でマドリッドのリベラ・デ・クルティドーレス9番地にピアノと家具の修理工房を開きます。

1945年、プライベート用に製作した2本のギターについて、作曲家であり当時随一の名ギタリストであったレヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサに助言を仰ぐ機会を得ます。この名手は二人の才能を高く評価し、ギター製作を勧めるとともに自身が所有していたサントス・エルナンデスのギターを研究のために貸し与えています。さらにはサントスと同じくマヌエル・ラミレス工房出身の製作家で、終戦直後の当時貧窮の中にあったモデスト・ボレゲーロ(1893~1969)に仕事のためのスペースを工房内に貸し与えることになり、そのギター製作の工程をつぶさに観察。これが決定的となり、ギターへの情熱がさらに高まった二人は工房をギター製作に一本化することに決め、1950年より再発進します。デ・ラ・マーサという稀代の名手とマヌエル・ラミレスのメソッドを深く知るボレゲーロ(彼は1952年までアグアドの工房を間借りして製作を続けた後に独立しています)という素晴らしい二人の助言をもとに改良、発展を遂げて世に出されたアグアドのギターは大変な評判となり、一時期70人以上ものウェイティングリストを抱えるほどの人気ブランドになりました。

出荷第一号はNo.100(※1945年に製作した個人用のギターがNo.1)で、1974年の最後の一本となるNo.454まで連続番号が付与されました。1970年前後に出荷されたものの中には同じマドリッドの製作家マルセリーノ・ロペス・ニエト(1931~2018)や、やはりボレゲーロの薫陶を受けたビセンテ・カマチョ(1928~2013)が製作したものも含まれており、これは殺到する注文に応えるため、エルナンデスが当時高く評価していた2人を任命したと伝えられています。

しばしば美しい女性に喩えられる優美なボディライン、シンプルで個性的かつこの上ない威厳を備えたヘッドデザインなどの外観的な特徴もさることながら、やはりこのブランドの最大の特徴はその音色の絶対的ともいえる魅力にあると言えるでしょう。人間の声のような肌理をもち、表情豊かで温かく、時にまるで打楽器のような瞬発性とマッシヴな迫力で湧き出してくる響きと音色は比類がなく、二人だけが持つある種の天才性さえ感じさせます。

このブランドの有名な逸話にも登場するエルナンデスの愛娘のエミリアは1945年にヘスス・ベレサール・ガルシア(1920~1986)と結婚。ベレサールはアグアドの正統的な後継者として、その精神的な面までも受け継ぎ、名品を世に出す存在になります。

アグアドがギター製作を始めるうえでの大きなきっかけとなったデ・ラ・マーサはその後彼らのギターを数本購入し愛用しているほか、ジョン・ウィリアムスやユパンキなどの名手たちが使用しています。

[楽器情報]
エルナンデス・イ・アグアド 1967年製 No.343 の入荷です。ラベルには「私の小さな孫へ」との直筆の文言が書かれており、プライベートに製作された一本であることがうかがえます。ロゼッタが有名なジグザグの模様ではなく細やかな落ち着いた意匠になっており、これもあまりにも有名なヘッドデザインはその曲線部分などにやや優美なニュアンスが感じられるものになっているのですが、内部設計のほうは後期アグアドの典型的なものが採用されています。サウンドホール上下(ネック側とブリッジ側)に各一本のハーモニックバー、そして下側の方のバーの中央からわずかに低音寄りの部分から高音側横板の方向に斜めに下がってゆくように配置されたもう一本のいわゆるトレブルバー、扇状力木は6本がセンターに配された1本を境として低音側に3本、高音側に2本を配置、ボトム部でこれらの先端を受け止めるようにハの字型に配置された2本のクロージングバー、駒板の位置には補強板が丁度駒板の幅と合致するように(同時に一番低音側の一本を除く5本の扇状力木の範囲に丁度収まるように設置されているという全体の設計。駒板部分の補強板は厳密にいえばアグアドとしてはやや厚めに2mmほどの厚みのものとなっています。またこの部分に年式や製造番号などは記載されておりません。レゾナンスはGの少し上に設定されています。

アグアドの特徴である実に適切な、それゆえにこそ個性的な粘りと反発感のある発音と引き締まった音像というよりは、箱全体を十全に響かせてオーディトリアムな奥行きと力強さを持った、良い意味でマドリッド的な響きが特徴です。そしてこのブランドのもう一つの特徴である表情の繊細と機微においてはやはりさすがで、可憐さから豪壮までの振幅があり、そしてとても音楽的。高音はあくまでもきりっとして女性的でさえあり、中低音から低音のふっくらとした拡がりがそれを包むように響く全体のバランスも心地よい。またアグアドは演奏性における機能面でも秀逸で、ネックの差し込み角度等の設定による絶妙さゆえか左手はストレスがなく、弦のテンションも中庸から弱めであるのに音自体には張りと力強さがあり(これについては弦長660mmの設定であることも関係しているでしょう)、発音の反応性も優れています。

表面板全体(特に指板両脇とサウンドホールの高音側、駒板下部分など)に弾きキズや搔きキズありますがあまり深くなく、外観を著しく損なうものではありません。また横裏板とネック裏は衣服等による細かな摩擦あとや数か所の小さな打痕とキズはありますが軽微なものとなっており、年代を考慮すると良好な状態と言えます。割れ等の修理歴もありません。ネック、フレット等の演奏性にかかかわる部分も適正な状態。ネックシェイプはDシェイプの薄めの形状でグリップ感が良く、弦高値は3.0/4.0mm(1弦/6弦 12フレット)でサドル余剰は1.0~2.0mmあります。糸巻はスペインの老舗ブランド Fustero製を装着、こちらも現状で機能的な問題はありません。


品切れ 定価(税込) : 時価 販売価格(税込) :  お問い合わせ下さい。

製作家/商品名 エルナンデス・イ・アグアド Hernandez y Aguado
モデル/品番 Model/No. No.363
001_018_hernanagua_03_168
弦長 Scale Length 660mm
国 Country スペイン Spain
製作年 Year 1968年
表板 Top 杉 Solid Ceder
横裏板 Back & Sides 中南米ローズウッド Solid South American Rosewood
付属品 Option HISCOX ケース
備考 Notes
ネック:セドロ
指 板:エボニー
塗 装:表板 セラック
   :横裏板 セラック
糸 巻:フステーロ
弦 高:1弦 2.8mm
   :6弦 4.0mm

[製作家情報]
「エルナンデス・イ・アグアド」Hernandez y Aguado
サンチャゴ・マヌエル・エルナンデス(1895~1975)と ビクトリアーノ・アグアド・ロドリゲス(1897~1972)の二人による共同ブランドで、エルナンデスが本体の製作、アグアドが塗装とヘッドの細工そして全体の監修をそれぞれ担当。通称「アグアド」と呼ばれ、20世紀後半以降の数多くのクラシックギターブランドの中でも屈指の名品とされています。

エルナンデスはスペイン、トレド近郊の村Valmojadoに生まれ、8歳の時に一家でマドリッドに移住。アグアドはマドリッド生まれ。2人はマドリッドにある「Corredera」というピアノ工房で一緒に働き、良き友人の間柄であったといいます。この工房でエルナンデスは14歳のころから徒弟として働き、その優れた技術と情熱的な仕事ぶりからすぐに主要な工程を任されることになります。アグアドもまたこの工房で腕の良い塗装職人としてその仕上げを任されていたので、二人での製作スタイルのひな形がこの時すでに出来上がっていたと言えます。1941年にこのピアノ工房が閉鎖された後、2人は共同でマドリッドのリベラ・デ・クルティドーレス9番地にピアノと家具の修理工房を開きます。

1945年、プライベート用に製作した2本のギターについて、作曲家であり当時随一の名ギタリストであったレヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサに助言を仰ぐ機会を得ます。この名手は二人の才能を高く評価し、ギター製作を勧めるとともに自身が所有していたサントス・エルナンデスのギターを研究のために貸し与えています。さらにはサントスと同じくマヌエル・ラミレス工房出身の製作家で、終戦直後の当時貧窮の中にあったモデスト・ボレゲーロ(1893~1969)に仕事のためのスペースを工房内に貸し与えることになり、そのギター製作の工程をつぶさに観察。これが決定的となり、ギターへの情熱がさらに高まった二人は工房をギター製作に一本化することに決め、1950年より再発進します。デ・ラ・マーサという稀代の名手とマヌエル・ラミレスのメソッドを深く知るボレゲーロ(彼は1952年までアグアドの工房を間借りして製作を続けた後に独立しています)という素晴らしい二人の助言をもとに改良、発展を遂げて世に出されたアグアドのギターは大変な評判となり、一時期70人以上ものウェイティングリストを抱えるほどの人気ブランドになりました。

出荷第一号はNo.100(※1945年に製作した個人用のギターがNo.1)で、1974年の最後の一本となるNo.454まで連続番号が付与されました。1970年前後に出荷されたものの中には同じマドリッドの製作家マルセリーノ・ロペス・ニエト(1931~2018)や、やはりボレゲーロの薫陶を受けたビセンテ・カマチョ(1928~2013)が製作したものも含まれており、これは殺到する注文に応えるため、エルナンデスが当時高く評価していた2人を任命したと伝えられています。

しばしば美しい女性に喩えられる優美なボディライン、シンプルで個性的かつこの上ない威厳を備えたヘッドデザインなどの外観的な特徴もさることながら、やはりこのブランドの最大の特徴はその音色の絶対的ともいえる魅力にあると言えるでしょう。人間の声のような肌理をもち、表情豊かで温かく、時にまるで打楽器のような瞬発性とマッシヴな迫力で湧き出してくる響きと音色は比類がなく、二人だけが持つある種の天才性さえ感じさせます。

このブランドの有名な逸話にも登場するエルナンデスの愛娘のエミリアは1945年にヘスス・ベレサール・ガルシア(1920~1986)と結婚。ベレサールはアグアドの正統的な後継者として、その精神的な面までも受け継ぎ、名品を世に出す存在になります。

アグアドがギター製作を始めるうえでの大きなきっかけとなったデ・ラ・マーサはその後彼らのギターを数本購入し愛用しているほか、ジョン・ウィリアムスやユパンキなどの名手たちが使用しています。


[楽器情報]
エルナンデス・イ・アグアド 1968年製 No.363 の入荷です。ブランドとしては珍しく、表面板に杉材を使用したモデル。表面板力木配置はアグアド後期の典型的なもので、サウンドホール上下(ネック側とブリッジ側)に各一本のハーモニックバー、そして下側の方のバーのほぼ中央部分(つまりサウンドホールの真下の位置)から高音側横板との接合部に向かって斜めに下がってゆくように配置されたもう一本のいわゆるトレブルバー、扇状力木は6本がセンターに配された1本を境として低音側に3本、高音側に2本を配置、ボトム部でこれらの先端を受け止めるようにハの字型に配置された2本のクロージングバー、駒板の位置には薄い補強板が丁度駒板の幅と合致するように(同時に一番低音側の一本を除く5本の扇状力木の範囲に丁度収まるように設置されているという全体の設計。レゾナンスはGの少し上に設定されています。

アグアドの発音の特徴として、撥弦時の適度な粘りと反発感を伴いながら、実に適切な質量を持った音像の跳躍するような発音とひとまずいうことができますが、本作ではこの粘りと反発感が薄れ、ストレスのない発音になっています。しかしながらいたずらに放射してゆくようなプロジェクションではなく、音としての上品で確かな佇まいがあり、色彩は控えめながらも表情の機微と多様さはやはり人間の声にも比すべきもので、非常に音楽的。基音の硬質さとほんのりとエコーをまとったような響きに杉材の特徴が現れており、また特に高音の純度の高い樹脂のような音像は魅力的。全体に各音の分離も優れ、低音から中低音そして高音に至るバランスも秀逸です。

裏板はセンターからやや低音寄りの部分、木目に沿って約40センチほどの割れ埋木補修歴がありますが、非常に適切な処置がされていますので継続しての使用に問題なく、また外観にもほとんど影響ありません。全体はセラックによる再塗装が施されており、現状でほんのわずかなスクラッチ傷や微細な打痕があるのみでとても綺麗な状態です。またフレットも全交換がされておりこちらも現状で(ピッチ含め)適正値の状態。ネックの状態も完璧と言える設定を維持しています。ネックシェイプは薄めのDシェイプでコンパクトなグリップ感。弦高値は2.8/4.0mm(1弦/6弦 12フレット)でサドル余剰は2.5mmあります。弦の張りは中庸でとても押さえやすいので現状でも弾き易く感じますが、お好みに応じて弦高はさらに低く設定することが可能です。糸巻はスペインの老舗ブランドFustero製を装着。重量は1.38kgとこのブランドとしてはやや軽めの造りになっています。


定価(税込) : 時価 販売価格(税込) :  3,850,000 円
注文数 :   

製作家/商品名 イグナシオ・フレタ・エ・イーホス Ignacio Fleta e Hijos
モデル/品番 Model/No. No.750
001_019_fletahijos_2_03_179
弦長 Scale Length 650mm
国 Country スペイン Spain
製作年 Year 1979年
表板 Top 杉 Solid Ceder
横裏板 Back & Sides 中南米ローズウッド Solid South American Rosewood
付属品 Option ハードケース(Bam)
備考 Notes
ネック:セドロ
指 板:エボニー
塗 装:表板 セラック
   :横裏板 セラック
糸 巻:フステーロ
弦 高:1弦 3.0mm
   :6弦 4.1mm


[製作家情報]
イグナシオ・フレタ1世(1897~1977)により設立され、のちに二人の息子フランシスコ(1925~200?)とガブリエル(1929~2013)との共作となる、スペイン、バルセロナの工房。このブランドを愛用した、または現在も愛用し続けている数々の名手たちの名を挙げるまでもなく、20世紀後半以降を代表する銘器の一つとして、いまも不動の人気を誇っています。

フレタ家はもともと家具製作など木工を生業とする家系で、イグナシオも幼少からそのような環境に馴染みがありました。13歳の頃に兄弟とともにバルセロナで楽器製作工房の徒弟となり、更に研鑽を積むためフランスでPhilippe Le Ducの弦楽器工房でチェロなどのヴァイオリン属の製作を学びます。その後フレタ兄弟共同でバルセロナに工房を設立し、ギターを含む弦楽器全般を製作するブランドとして第一次大戦前後でかなりの評判となりますが、1927年に工房は解散。イグナシオは自身の工房を設立し、彼の製作するチェロやヴァイオリンをはじめとする弦楽器は非常に好評でその分野でも名声は高まってゆきます。同時に1930年ごろからトーレスタイプのギターも製作していましたが、1955年に名手セゴビアの演奏に触れ、そのあまりの素晴らしさに感動しギター製作のみに転向することになります。フレタは巨匠の演奏から霊感をも受けたのか、その新モデルはトーレススタイルとは全く異なる発想によるものとなり、1957年に製作した最初のギターをセゴビアに献呈。すると彼はその音響にいたく感動し、自身のコンサートで使用したことで一気にフレタギターは世界的な名声を得ることになります。それまでのギターでは聞くことのできなかった豊かな音量、ダイナミズム、そしてあまりにも独特で甘美な音色でまさしくこのブランドにしかできない音響を創り上げ、セゴビア以後ジョン・ウィリアムスやアルベルト・ポンセなどをはじめとして数多くの名手たちが使用し、20世紀を代表する名器の一つとなりました。

当初はIgnacio Fletaラベルで出荷され、1965年製作のNo.359よりラベルには「e hijos」と記されるようになります(※実際には1964年製作のものより~e hijos となっておりフレタ本人の記憶違いの可能性があります)。1977年の1世亡き後も、また2000年代に入りフランシスコとガブリエルの二人も世を去ったあともなお、「Ignacio Fleta e hijos」ラベルは継承され、現在は1世の孫にあたるガブリエル・フレタが製作を引き継いでいます。

[楽器情報]
イグナシオ・フレタ・エ・イーホス 1979年製 No.750 Usedの入荷です。イタリアのギタリスト、ステファノ・グロンドーナの依頼により作られた1本で、表面板はイーホスの通常仕様である杉材ですが、横裏板には良質なハカランダ材が使用されています。

太鼓を叩いたような、パーカッシブで響箱の空間性をたっぷりと感じさせる音響で、このブランドらしい非常な音圧の高さを備えた鳴りがまずは印象的。フレタ・エ・イーホスはおおよそ同様の発音特性をもったものとなっていますが、弦のアタック感が生々しく、時に野放図な音響になってしまうことがあるのですが、本作においては実にきれいにまとまっており、音の表面はこれぞ杉材(Western red ceder)とハカランダ(Rio rosewood)の組み合わせならではと思わせるほどに艶やかに磨かれ、全体はしっかりと迫力のあるロマンティックな響きに着地させています。フレタ一世の特に初期の作のように多層的な音響フェーズがまるで室内楽的な彫塑性を生み出していた音響とは異なり、ここでのフレタ・エ・イーホスはあくまでも一つのギターにおけるまとまりのある音響として構築しており、そのあまりにも迫力ある鳴りとは相反するようにある種古典的とさえ言えるような佇まいは、数多いこのブランドのギターの中でも本作をやや特殊な個性で彩っており、ギターファンとしてはこれはオーナーであるグロンドーナを意識してなのかという興味さえ喚起するものとなっています。

表面板力木配置は、サウンドホール上下(ネック側とブリッジ側)に各2本のハーモニックバーが設置されていますが、下側のハーモニックバーは1本は表面板を水平に横切り、もう1本は低音側から高音側に向けてわずかに斜めに下がってゆくように設置されています。このバーより下側は合計9本の扇状力木と、これらの力木の下端をボトム部で受けとめるようにV字型に配置された2本のクロージングバー、駒板位置にはその幅よりもやや広めにとられた補強用の薄いプレートが貼られています。補強用のプレートはサウンドホールの周りにも計4枚、さらにはサウンドホール上側2本のハーモニックバーの間に1枚とネック脚に至るまでのエリアをほぼ満遍なく覆うようにもう1枚が貼り付けられており(これら2枚のみメイプル材を使用)、ボディウェストから上側の全域が、計4本のハーモニックバーの設置も含めて、しっかりと強固に固定されていることが分かります。またボトム部に設置されている2本のクロージングバーは高音側よりも低音側に設置されたバーのほうがわずかに長くなっており、厳密には「V字型」ではなく逆「ヘ」の字型になっています。レゾナンスはG#の上、ほぼG#とAの中間の位置に設定されています。

全体はセラック塗装で出荷時のオリジナル仕様となっています。表面板は全体に細かな塗装のひび割れ(ウェザーチェック)が生じていますが現状で今後の使用には問題なく、また外観を損ねるほどのものでもありません。同じく表面板の指板両脇、サウンドホール周辺や駒板下部分、ボトム付近などに小さく浅い打痕等が数か所あるほかはきれいな状態を維持しています。横裏板は衣服等による極めて軽微な摩擦跡の他は若干の塗装のムラ等があるのみで、こちらに関しても経年による自然変化の範囲内のものとなっており、ネック裏も高音側にわずかな爪の掻きキズがあるのみのとても良い状態です。割れや改造等の大きな修理履歴はありません。ネック、フレットなどの演奏性に関わる部分も極めて良好です。ネック形状は薄めのDシェイプでややラウンドな感触のグリップ感。弦高値は3.0mm/4.1mm(1弦/6弦 12フレット)でサドル余剰は0.5mmとなっています。糸巻はスペインの老舗工房フステーロのシルバープレート、黒蝶貝のシックなボタン仕様のものを装着し、外観のさりげないアクセントになっています。ボディ重量は1.68㎏。ステファノ・グロンドーナ直筆の証明書付き。




定価(税込) : 時価 販売価格(税込) :  5,500,000 円
注文数 :   

製作家/商品名 イグナシオ・フレタ1世 Ignacio Fleta I演奏動画あり
モデル/品番 Model/No. No.124
001_019_fletaI_1_03_158
弦長 Scale Length 660mm
国 Country スペイン Spain
製作年 Year 1958年
表板 Top 松 Solid Spruce
横裏板 Back & Sides インディアンローズウッド Solid Indian Rosewood
付属品 Option ハードケース
備考 Notes
ネック:セドロ
指 板:黒檀
塗 装:セラックニス
糸 巻:フステーロ
弦 高:1弦 2.8mm
   :6弦 4.0mm

[製作家情報]
イグナシオ・フレタ1世(1897~1977)により設立され、のちに二人の息子フランシスコ(1925~200?)とガブリエル(1929~201?)との共作となる、スペイン、バルセロナの工房。このブランドを愛用した、または現在も愛用し続けている数々の名手たちの名を挙げるまでもなく、20世紀後半以降を代表する銘器の一つとして、いまも不動の人気を誇っています。

フレタ家はもともと家具製作など木工を生業とする家系で、イグナシオも幼少からそのような環境に馴染みがありました。13歳の頃に兄弟とともにバルセロナで楽器製作工房の徒弟となり、更に研鑽を積むためフランスでPhilippe Le Ducの弦楽器工房でチェロなどのヴァイオリン属の製作を学びます。その後フレタ兄弟共同でバルセロナに工房を設立し、ギターを含む弦楽器全般を製作するブランドとして第一次大戦前後でかなりの評判となりますが、1927年に工房は解散。イグナシオは自身の工房を設立し、彼の製作するチェロやヴァイオリンをはじめとする弦楽器は非常に好評でその分野でも名声は高まってゆきます。同時に1930年ごろからトーレスタイプのギターも製作していましたが、1955年に名手セゴビアの演奏に触れ、そのあまりの素晴らしさに感動しギター製作のみに転向することになります。フレタは巨匠の演奏から霊感をも受けたのか、その新モデルはトーレススタイルとは全く異なる発想によるものとなり、1957年に製作した最初のギターをセゴビアに献呈。すると彼はその音響にいたく感動し、自身のコンサートで使用したことで一気にフレタギターは世界的な名声を得ることになります。それまでのギターでは聞くことのできなかった豊かな音量、ダイナミズム、そしてあまりにも独特で甘美な音色でまさしくこのブランドにしかできない音響を創り上げ、セゴビア以後ジョン・ウィリアムスやアルベルト・ポンセなどをはじめとして数多くの名手たちが使用し、20世紀を代表する名器の一つとなりました。

当初はIgnacio Fletaラベルで出荷され、1965年製作のNo.359よりラベルには「e hijos」と記されるようになります(※実際には1964年製作のものより~e hijos となっておりフレタ本人の記憶違いの可能性があります)。1977年の1世亡き後も、また2000年代に入りフランシスコとガブリエルの二人も世を去ったあともなお、「Ignacio Fleta e hijos」ラベルは継承され、現在は1世の孫にあたるガブリエル・フレタが製作を引き継いでいます。

[楽器情報]
イグナシオ・フレタ1世 1958年製 No.124。独特の音響と音色、機能性の高さ、構造と外観、その全ての有機的なバランスと芸術性で現在においてさえ比類のない、名品中の名品と言える素晴らしい一本です。

このブランドの歴史を俯瞰すれば、この後1960年代半ばより彼の息子達との共同作業に移ることで生産性を高め、数々の名手たちの使用によってそのイメージが一気に世界中に広まってゆくことになりますが、それに呼応するかのように楽器もまた構造的、音響的に変化してゆくことになります。本作1958年製はそうしたマーケット事情が少なからずブランドに影響を及ぼす以前の(セゴビアに献呈した有名な1957年製の翌年の作)、フレタ1世の音楽的芸術性が顕著に、しかも高次において達成された楽器となっています。

音像はまるで弦楽器のように強くまろやかで、低い重心感覚(レゾナンスはEの少し上)による音響全体が一つの発声体としての表情と肌理をもち、常に上品さを保ちながら、チャーミングとさえ言えるほどの繊細さから英雄的な剛健さまでの(クラシック音楽に不可欠な)大きな振幅を十全に表出します。加えて演奏における多様な身振り(スタッカートやスラー、クレッシェンド等々)での機能性の高さ、まるでタッチと完全にシンクロするかのような発音など、その自然な反応も素晴らしく、奏者は感情と音とが理想的に一致しているような感覚を得ることができます。ブランドの特徴とされている音量の非常な豊かさももちろんのこと、たっぷりと情感をたたえたジェントルな響きはまさにフレタ1世の独壇場で、その後の彼の作においてさえついに現れることのない馥郁たる鳴りが素晴らしい。そのロマンティックな響きのなかから奏者も予期せぬ音楽の提案がされてくる感覚があり、表現楽器としての無限のポテンシャルを感じさせる、名器と呼ぶにふさわしい一本となっています。

表面板内部構造はサウンドホール上(ネック側)に2本、下(ブリッジ側)に1本のハーモニックバーで、下側のバーは低音側から高音側に向けてほんのわずかに斜めに下がってゆくように設置されています。その下に左右対称9本の扇状力木とそれらの先端をボトム部で受け止める2本のV字型に配置されたクロージングバー、駒板位置に横幅いっぱいにあてられた薄いパッチ板、そしてサウンドホール両脇に貼られたやや厚めの補強板という構造。レゾナンスはEの少し上という設定となっています。表面板の厚みは薄めに加工されており、9本の扇状力木とクロージングバーは幅8㎜、高さ1㎜ほどの薄くフラットな形状をしているなど、のちのフレタの構造とは異なり細部の繊細さが特徴となっている。対してバーは裏板も含めどれも強固な作りですが、サウンドホール下の斜めに傾斜したハーモニックバーはのちに2本に増えており、やはりここでも振動の抑制に関してのコンセプトの変化が見られるのは興味深い。重量は1.64㎏。

表面板指板両脇に合計5か所、サウンドホールからブリッジにかけて1か所、ブリッジ下3か所の割れ補修履歴があります。裏板ネックヒール部両脇に1か所ずつ、エンドブロック部両脇に1か所ずつの合計4か所に割れ修理履歴があります。表面板は弦の張力による凹凸がブリッジ上下で生じていますが現状で継続しての使用には問題ありません。全体に弾きキズ打痕等は年代相応にあります。ネック、フレットなどの演奏性に関わる部分は良好で、ネックシェイプはCに近いラウンド感のあるDシェイプで握りやすいグリップ感。660㎜スケールですが弦の張りも中庸で弾きやすく感じます。






品切れ 定価(税込) : 時価 販売価格(税込) :  お問い合わせ下さい。

製作家/商品名 イグナシオ・フレタ1世 Ignacio Fleta I演奏動画あり
モデル/品番 Model/No. No.156
001_019_fletaI_1_03_159
弦長 Scale Length 660mm
国 Country スペイン Spain
製作年 Year 1959年
表板 Top 松 Solid Spruce
横裏板 Back & Sides インディアンローズウッド Solid Indian Rosewood
付属品 Option ハードケース
備考 Notes
ネック:セドロ
指 板:エボニー
塗 装:表板 セラック
   :横裏板 セラック
糸 巻:ロジャース
弦 高:1弦 3.2mm
   :6弦 3.8mm

[製作家情報]
イグナシオ・フレタ1世(1897~1977)により設立され、のちに二人の息子フランシスコ(1925~200?)とガブリエル(1929~201?)との共作となる、スペイン、バルセロナの工房。このブランドを愛用した、または現在も愛用し続けている数々の名手たちの名を挙げるまでもなく、20世紀後半以降を代表する銘器の一つとして、いまも不動の人気を誇っています。

フレタ家はもともと家具製作など木工を生業とする家系で、イグナシオも幼少からそのような環境に馴染みがありました。13歳の頃に兄弟とともにバルセロナで楽器製作工房の徒弟となり、更に研鑽を積むためフランスでPhilippe Le Ducの弦楽器工房でチェロなどのヴァイオリン属の製作を学びます。その後フレタ兄弟共同でバルセロナに工房を設立し、ギターを含む弦楽器全般を製作するブランドとして第一次大戦前後でかなりの評判となりますが、1927年に工房は解散。イグナシオは自身の工房を設立し、彼の製作するチェロやヴァイオリンをはじめとする弦楽器は非常に好評でその分野でも名声は高まってゆきます。同時に1930年ごろからトーレスタイプのギターも製作していましたが、1955年に名手セゴビアの演奏に触れ、そのあまりの素晴らしさに感動しギター製作のみに転向することになります。フレタは巨匠の演奏から霊感をも受けたのか、その新モデルはトーレススタイルとは全く異なる発想によるものとなり、1957年に製作した最初のギターをセゴビアに献呈。すると彼はその音響にいたく感動し、自身のコンサートで使用したことで一気にフレタギターは世界的な名声を得ることになります。それまでのギターでは聞くことのできなかった豊かな音量、ダイナミズム、そしてあまりにも独特で甘美な音色でまさしくこのブランドにしかできない音響を創り上げ、セゴビア以後ジョン・ウィリアムスやアルベルト・ポンセなどをはじめとして数多くの名手たちが使用し、20世紀を代表する名器の一つとなりました。

当初はIgnacio Fletaラベルで出荷され、1965年製作のNo.359よりラベルには「e hijos」と記されるようになります(※実際には1964年製作のものより~e hijos となっておりフレタ本人の記憶違いの可能性があります)。1977年の1世亡き後も、また2000年代に入りフランシスコとガブリエルの二人も世を去ったあともなお、「Ignacio Fleta e hijos」ラベルは継承され、現在は1世の孫にあたるガブリエル・フレタが製作を引き継いでいます。


[楽器情報]
イグナシオ・フレタ1世 1959年製 No.156 の入荷です。フレタ一世50年代の貴重な一本であるとともに、彼の特性を十分に感得できるギターです。

表面板内部構造はサウンドホール上(ネック側)に2本、下(ブリッジ側)に1本のハーモニックバーで、下側のバーは低音側から高音側に向けてほんのわずかに斜めに下がってゆくように設置されています。そして左右対称9本の扇状力木とそれらの先端をボトム部で受け止める2本のV字型に配置されたクロージングバー、駒板位置には駒板幅よりもやや長い範囲であてられたパッチ板、そしてサウンドホール両脇に貼られた補強板(これらは近接する横板の下部に沿うように斜めに設置されています)という構造。レゾナンスはGの少し下での設定となっています。1958年までのフレタは表面板の厚み、扇状力木とクロージングバーの形状などもかなり薄く加工されていましたが、それと比較すると特に扇状力木は本作では9本のうち中央の7本を少し高めの山型に加工されているなどの変化が見られ、レゾナンスの位置も高くなっています(1958年はEの下に設定)。

中低音~低音の厚みのある響きが素晴らしい。高音は比較的細めのすっきりとしたむしろ端正とさえ言える響きですが、十分にロマンティック。うねりを持った野性的な低音との対照がなんとも良く、曲の中でもメロディが渋い佇まいを演出する中で迫力ある低音が前景化してくるような独特パースペクティブがあります。そしてこの時期のフレタならではのタッチとの高いリニアニティもやはり特筆されます。奏者はタッチと音とが(音色の変化という点でも)一体化しているような感覚で演奏することができます。

表面板はこの時期のフレタにしばしば見られる現象ですが、ブリッジのサウンドホール側とボトム側とでやや歪みがあり、割れの修理履歴がいくつかございます。指板両脇、低音側肩部分からくびれ部にかけて、ブリッジプレートのサウンドホール側に数か所とボトム側センター部分にそれぞれ1~数か所の割れ修理履歴があり、それぞれやや厚めのプレートでしっかり補強されています。表面板は過去にゴルペ板を貼りのちに剥離させた形跡があります。表面板全体は再塗装が施されており、現在は傷などは少なめです。横裏板はおそらくオリジナル塗装の状態で、年代考慮すると傷等は少なく良好な状態です。ボトム近くにローズウッドのバールがありその木目に沿ってやや段差がありますが割れには至っておらず、継続しての使用にも問題ありません。ネックは反りもほとんどなく良好です。フレットと指板は1~8フレットで軽微な摩耗が見られますが、演奏性影響はなく継続しての使用に問題はありません。ネック形状もこの時期のフレタ1世の特徴的なコンパクトなグリップ感で、ほとんどCラウンドに近いDシェイプで薄めの加工。弦高は現在値でほぼ標準値ですがサドルに2~3㎜の余剰がありますのでお好みに応してさらに低く設定することも可能です。





定価(税込) : 時価 販売価格(税込) :  6,050,000 円
注文数 :   

製作家/商品名 イグナシオ・フレタ1世 Ignacio Fleta I
モデル/品番 Model/No. No.251
001_019_fletaI_1_03_162
弦長 Scale Length 650mm
国 Country スペイン Spain
製作年 Year 1962年
表板 Top 松 Solid Spruce
横裏板 Back & Sides インディアンローズウッド Solid Indian Rosewood
付属品 Option 軽量ケース 黒
備考 Notes
ネック:マホガニー
指 板:エボニー
塗 装:表板 セラック
   :横裏板 セラック
糸 巻:フステロ
弦 高:1弦 2.8mm
   :6弦 3.8mm


[製作家情報]
イグナシオ・フレタ1世(1897~1977)により設立され、のちに二人の息子フランシスコ(1925~200?)とガブリエル(1929~2013)との共作となる、スペイン、バルセロナの工房。このブランドを愛用した、または現在も愛用し続けている数々の名手たちの名を挙げるまでもなく、20世紀後半以降を代表する銘器の一つとして、いまも不動の人気を誇っています。

フレタ家はもともと家具製作など木工を生業とする家系で、イグナシオも幼少からそのような環境に馴染みがありました。13歳の頃に兄弟とともにバルセロナで楽器製作工房の徒弟となり、更に研鑽を積むためフランスでPhilippe Le Ducの弦楽器工房でチェロなどのヴァイオリン属の製作を学びます。その後フレタ兄弟共同でバルセロナに工房を設立し、ギターを含む弦楽器全般を製作するブランドとして第一次大戦前後でかなりの評判となりますが、1927年に工房は解散。イグナシオは自身の工房を設立し、彼の製作するチェロやヴァイオリンをはじめとする弦楽器は非常に好評でその分野でも名声は高まってゆきます。同時に1930年ごろからトーレスタイプのギターも製作していましたが、1955年に名手セゴビアの演奏に触れ、そのあまりの素晴らしさに感動しギター製作のみに転向することになります。フレタは巨匠の演奏から霊感をも受けたのか、その新モデルはトーレススタイルとは全く異なる発想によるものとなり、1957年に製作した最初のギターをセゴビアに献呈。すると彼はその音響にいたく感動し、自身のコンサートで使用したことで一気にフレタギターは世界的な名声を得ることになります。それまでのギターでは聞くことのできなかった豊かな音量、ダイナミズム、そしてあまりにも独特で甘美な音色でまさしくこのブランドにしかできない音響を創り上げ、セゴビア以後ジョン・ウィリアムスやアルベルト・ポンセなどをはじめとして数多くの名手たちが使用し、20世紀を代表する名器の一つとなりました。

当初はIgnacio Fletaラベルで出荷され、1965年製作のNo.359よりラベルには「e hijos」と記されるようになります(※実際には1964年製作のものより~e hijos となっておりフレタ本人の記憶違いの可能性があります)。1977年の1世亡き後も、また2000年代に入りフランシスコとガブリエルの二人も世を去ったあともなお、「Ignacio Fleta e hijos」ラベルは継承され、現在は1世の孫にあたるガブリエル・フレタが製作を引き継いでいます。

[楽器情報]
イグナシオ・フレタ1世 1962年製 No.251 の入荷です。
クラシックギターにおいて他に類するものがないと言えるほどに独特な音圧の高さとオーディトリアム感があり、ほとんどギターではない別の何ものかのような異様な大きさを感じさせます。それはモダンギターのように「増幅された音量」ではなく、響箱の容量そのもののポテンシャルが顕在化したもので、明らかにそれまでのスパニッシュギターの伝統的な音作りからは異端ともいえるアプローチの音響設計がまずは特筆すべき点でしょう。

このオーディトリアム感(「リヴァーヴ感」「奥行き感」と言い換えてもよいのですが)はこれ自体にも濁りを含んでおらず、その空間性にも透徹としたところがあります。

そして音について、ここでフレタ1世はロマンティックという言葉が喚起するであろう音楽表現に必要なものをギターで可能な限り表出してみせます。その濃密な歌と艶やかな音、明と暗の表情の揺らぎなどは生々しいほどで、弾き手に音楽を(まさに演奏しているその中で)喚起する力があることなど、何よりもまずフレタが最上の表現楽器であることを如実に感じさせてくれます。非常な音圧の高さは大音量だけに特性を特化することなく、最弱音における繊細な機微も、フォルティシシモにおける豪放さもどちらも内包するものとして、つまり隅々まで音楽的な大きな拡がりとしての性質としてあり、ここには弦楽器製作者としての彼の出自とその矜持も見て取ることも可能でしょう。高音、中低音、低音の各部のアイデンティティがそれぞれ明確でありながら全体として有機的な一つのバランスに収まっているところなどはさすがにスパニッシュギター的な特性を感じさせますが、フレタにおいては例えば曲を演奏するときに各部の個性が際立ち、まさしく室内楽的な空間を形成してしまうようなところがあるのが特徴的です。

表面板力木配置は、サウンドホール上下(ネック側とブリッジ側)に各2本のハーモニックバーが設置されていますが、下側のハーモニックバーは2本とも低音側から高音側に向けてほんのわずかに斜めに下がってゆくように設置されています(ただしこの2本は低音側でほぼ起点をおなじくしているものの平行ではなく微妙に異なる角度で設定されており、そのため高音側の横板に達する地点では数センチの開きが生じるような形になっています)。このバーより下側は合計9本の扇状力木と、これらの力木の下端をボトム部で受けとめるようにV字型に配置された2本のクロージングバー、駒板位置にはその幅よりもやや広めにとられた補強用の薄いプレートが貼られています。補強用のプレートはサウンドホールの両脇にやや広めのものが一枚ずつ、さらにはサウンドホール上側2本のハーモニックバーの間とネック脚に至るまでのエリアをほぼ満遍なく覆うように貼り付けられており、ボディウェストから上側の全域が、計4本のハーモニックバーの設置も含めて、しっかりと強固に固定されていることが分かります。一番下側(ブリッジに近い側)に設置された斜めのハーモニックバーの低音側は高さ2~3mmほどのわずかな開口部が設けられており、9本の扇状力木のうちセンターを含む5本が上端をその開口部をくぐる抜けるようにして設置されています。

フレタ1世の表面板力木構造の特徴は上記のようにしっかりと補強し振動を抑制したアッパーエリアと、斜めに配置されたサウンドホール下側ハーモニックバー、9本(通常のスペインギターは5~7本)の扇状力木となっていますが、1950年代から1960年代始めにかけては細部で異なる設計が試みられており(力木のサイズ、バーの本数等)、それに応じて音響的特徴も変化を見せています。1962年の本作においては、例えば1950年代のフレタと比較するとサウンドホール下側バーの本数は1本から2本に増えてしかも2本とも斜めになっており、しかもバー本体に開口部が設けられ扇状力木の上端がそこを通過するという、その後のフレタギターにおいても採用されていない特徴が見られます。また9本の扇状力木は年を経るごとに太く高く、つまり強固になってゆきますが、この時点ではセンターの1本がやや強固に、外側にいくほどに小さく繊細な造りになっているのもこの時期だけの特徴と言えます。レゾナンスはGの少し上に設定されています。

表面板と横板のみ今回の入荷時にセラックでの再塗装を行っており、その際に表面板の傷や打痕、割れ修理あとなどはタッチアップを施しておりますので現状できれいな状態となっています。割れは表面板のサウンドホール縁から駒板にかけて1ヵ所、駒板からボトムにかけて2か所、駒板高音側わき部分からボトムにかかけての割れが1ヵ所、下部低音側ふくらみ部分(演奏時に右ひじが当たる部分)に1箇所の割れがあります。いずれも内側より木片によるパッチ補強が施されております。裏板はネックヒールの両脇部分からボトム方向に一か所ずつ、それぞれ8センチほどの長さの割れ補修歴がありますが、その他は衣服等の摩擦あとや一部塗装のムラが若干あるのみで年代の割にはきれいな状態を維持しています。ネックは厳密にはほんのわずかに順反りですが標準設定の範囲内、フレットはこれも微妙にですが1~5フレットでやや摩耗見られます、ただしいずれも演奏性には影響なく、現状のまま継続してご使用いただけます。ネックシェイプはフレタ1世らしい角の取れた薄めのDシェイプでコンパクトなグリップ感。指板は高音側20フレット増設。弦高値は2.8mm/3.8mm(1弦/6弦 12フレット)でサドル余剰は0.5mmほどとなっています。糸巻はスペインの老舗工房フステーロのものを装着しており、おそらく出荷時のままかと思われます。3弦のツマミ軸が若干曲がっていますがギア部分には全く影響なく、全体に機能的な問題はありません。



新入荷 定価(税込) : 時価 販売価格(税込) :  5,500,000 円
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