尾野氏は自身のオリジナルモデルのほか、ロベール・ブーシェ、ヘルマン・ハウザーそしてアントニオ・デ・トーレスといったいわゆるオマージュモデルも製作しており、それぞれ氏ならではの再解釈によって洗練を経たものとして、レプリカの枠に収まらない独自の存在感を持つに至った個体となっています。ロマニリョスモデルとして彼が採用することになる構造は、ロマニリョスの自著「Making a Spanish Guitar」の中でPlan1として掲載されているもので、トーレス~ハウザー的美学のひとつの帰結として音響的完成度の高いシステムとされています。このトーレス、ハウザーそしてロマニリョスの三人によって弁証法的に統合された音響をさらに再解釈しようという、ギター製作史そのものを俯瞰するような大がかりな仕事を、尾野氏はあっさりと達成しています。ここで聴かれる明晰で、音楽的にどこまでも精密な音響はまさに氏の美学の到達点ともいえるもので、奏者はこの透明でかつ濃密な音響に自由に色を付けてゆくことができます。そしてこの、最上の楽器は奏者が完成させるべきものだというポリシーこそはロマニリョスとしっかり通底する製作哲学となっていること、その意味においても本作がオマージュモデルとしての特別な意義を持っていると言えます。
表面板力木設計はロマニリョスオリジナルに正確に準拠。サウンドホール上側(ネック側)に2本、下側(ブリッジ側)に1本で計3本のハーモニックバーを配置。3本すべてのバーの高音側と低音側とに1か所ずつ長さ4センチ高さ3mmほどの開口部が設けられ、これらの開口部を垂直に交わるように(つまり表面板木目と同方向に)通過する形で高音側2本、低音側2本の力木がボディの肩部分からくびれ部分まで伸びるように平行に設置されています。そしてボディ下部(くびれより下の部分)は、左右対称7本の扇状力木に、センターの1本以外の6本の先端をボトム部で受け止めるようにちょうど逆ハの字型に設置された2本のクロージングバー、ブリッジ位置には駒板とほぼ同じ範囲をカバーするように薄い補強板が貼られているという全体の構造。表面板と横板の接合部には大小のペオネス(三角形型の木製のブロック)を交互にきれいに設置してあります。これらの配置的特徴はホセ・ルイス・ロマニリョス著「Making a Spanish Guitar」の中ではPlan1として掲載されているものと同じもので、トーレス=ハウザー的スタイルをロマニリョスが再構築したものとしてスタンダード化している設計の一つ。難度の高いこの設計を清水氏は忠実になぞるとともに、楽器全体の構造的必然性になかにしっかりと着地させています。レゾナンスはF#の少し上の設定になっています。