ネック:セドロ
指 板:エボニー
塗 装:セラック
糸 巻:ゴトー
弦 高:1弦:3.0mm/6弦:4.0mm
[製作家情報]
1931年スペイン、マドリッド生まれ。この時代のギター製作家の例に漏れず、彼もまた自身のキャリアを家具職人からスタートさせています。F.タレガの高弟ダニエル・フォルテアにギター演奏を師事しており、コンクールでの入賞歴もあるなど、その腕前は当時かなりのものだったようです。1947年ごろより自身の演奏用としてギターを製作するようになり、この当時サントス・エルナンデスの未亡人マチルデ・ルイスより製作法について貴重なアドバイス受けていますが、それ以外はほぼ完全な独学で製作法を学び、1949年には独立して工房を設立。マドリッド的な伝統に立脚した非常に良質なギターを製作し続けており、1971年から数年間はエルナンデス・イ・アグアドの求めに応じ、この時期の同ブランドの製作にも従事していたのは有名な話。また大変な碩学として知られ、古今の歴史的名器の収集と研究、そして自身もそれらの優れたレプリカモデルを製作しています。マドリッドにある彼の自宅兼工房はさながら貴族の邸宅を改装した楽器博物館の様相さえ呈し、古楽器の美しいビジュアルに自然に溶け込むように端正で滋味あふれる彼のギターはその中の、まさしく古の弦楽器工房を思わせる一部屋で地道に作られました。
1960年代から70年代にかけてはサントス・エルナンデスを彷彿とさせるマドリッドスクールならではの重量感ある響きのギターを製作していましたが、その後特に1990年代以降の彼は19世紀以前の伝統をトーレス、サントスを通過させてさらに自身の嗜好のなかに着地させたような、まるで18世紀の衣装をまとったトーレスとでもいうような独特の音響と外観のたたずまいを創出し、孤高の領域に入ってきます。その楽器はどれも美しく、手作りの温もりがあり、古雅な音響を備えた現代のギターとして、本国スペインをはじめ日本でも多くのユーザーが彼の楽器を求めるようになります。
特に意匠における工作精度の高さと洗練されたデザインはあのホセ・ルイス・ロマニリョス以上とも評されており、彼の楽器はどれも一流の工芸品としての完成度の高さも備え、スペインの名工たちの作品の中でも独特の気品を漂わせています。生涯にわたり演奏と製作を続け、1000本を越えるギターを完成。自身のオリジナルモデルの他、トーレスの名器La Leona を修繕した経験を十全に活かしたトーレスモデル、自家薬籠中のアグアドモデル、そして自らの出発点ともいえるサントス・エルナンデスモデルを製作していました。2018年に惜しまれつつ逝去。
〔楽器情報〕
マルセリーノ・ロペス・ニエト 2010年製作のトーレスモデル No.968 Usedの入荷です。
トーレスの銘品「La leona」を修復した経験もある彼にとって、トレースは彼の出自たるサントス・エルナンデスのギターのと並んで重要な製作家で、数多くのオマージュギターを製作していますが、そのどれもが外観、仕様、音響の面で異なるキャラクターをそれぞれ持っていいることは特筆すべきことでしょう。本作でもおそらくはその「La leona」をもとに、独創的なトーレスを作りあげています。
裏板のハカランダとおそらくマホガニー材との大胆な5枚接ぎのストライプがまずは目を引きますが、横板はサップの入ったハカランダ材で合わせることころもさりげないセンス。地味ながら味わいのあるロゼッタとさりげない駒板の白蝶貝インレイ、全体の飴色のセラックニス(ロペス氏は彼が選りすぐったブランデーをセラックと調合したものを使用しており、独特の色味と風合いを醸し出しています)仕上げで見事に古雅なビジュアルに着地させています。
内部構造はサウンドホール上下に一本ずつのハーモニックバー、そして扇状力木は計6本がセンターに設置された一本を境に高音側に3本、低音側に2本設置され、それらの先端をボトム部で受け止める2本のハの字型に配置されたクロージングバー、そして駒板の位置にはやや厚めなプレートが貼り付けられているという全体の配置。これはむしろトーレスよりもサントスからバルベロ1世のマドリッド派に見られた特徴で、しかも各力木は意外なほどに(駒板下のプレートでさえ通常よりもかなり厚い)太く強固に加工されたものが設置されています。レゾナンスはかなり高めのA#~Bで設定。
高音は程よい艶を湛えた実にエレガントな音色、低音の重厚さはやや抑えられ、高音を慎ましく支えるようなバランス感。その音響にはどこか19世紀ロマンティックギター的なところがあり、独特な魅力があります。
割れ等の大きな修理履歴はなく、オリジナルセラック塗装で表面板にわずかに傷が有る程度のかなり綺麗な状態です。ネックは真っすぐを維持しており、フレット、糸巻等演奏性に関わる部分の問題もございません。ネックはDシェイプのノーマルな厚みで設定され、弦の張りも中庸です。
トーレスの銘器La Leona の修繕をはじめ、テクニカルな面と美学的な面との両方において一貫して研究を続けてきた氏の、まさに深い矜持が感じられる一本です。
滋味と清新さが同居したような音色はこの製作家ならではですが、一本として同じ仕様がないといえるほど多彩な嗜好が本作にも表れています。新しさとは別の個性を十分に感じさせる、ロペス後期の一本。ぜひお試しください。